【愛徳学園の聖堂訪問】

 愛徳学園の施設の中でも私が大好きな場所の一つが聖堂です。冬の朝などは凍えそうなくらい寒いのですが、ここは学園の中ではもっとも神聖な場所です。つくりは普通の教会と全く同じで、祭壇も聖体ランプもあります。電気を消している状態ではもちろん暗いのですが、簡素なステンドグラスが施されていますので、暗い聖堂内をやわらかいブルーの光でより落ち着いたものに演出します。大変厳かでそこにいるだけで心が落ち着く特別な空間です。ここでは誰の声も聞こえません。生徒たちはこの場所に入る前からすでに心を整えて、入堂の時も靴音一つさせず、着席してからも完全沈黙です。当たり前ですが、誰かが注意することなどありえません。ここでは学年ごとに朝の聖堂訪問(聖堂での朝礼)が行われます。例えば中1が聖堂訪問で朝礼をしている時は他の5学年は教室で静かに朝の読書の時間を過ごすのです。

 ここで行われる朝礼ではシスター西村のお話はもちろん、学年の先生からのお話もまた特別な響きを持っています。毎日授業で話すのが仕事の先生方も、話が終わったあとに私が感想を述べますと、皆さん「あの独特な空間での話は緊張しますね」「準備していた内容が飛びました」など(もちろん謙遜ですが)と打ち明けてくださいます。聖書を引用する王道のスピーチはもちろん、ご自身の体験談、絵本、音楽、流行の『ちいかわ』まで、どの先生の話もオリジナルで心に響くものばかりです。授業と同じですが、先生方はこの短い時間のために何時間も準備されているのです。だからこそ心に響くのでしょう。

 いつもは後方で生徒とともに話を聞いている私ですが、先日の中3の聖堂訪問の時に、たまたまギター伴奏のお手伝いをしたので、祭壇側から生徒の姿を見る機会に恵まれました。この時、話を聞いている生徒たちの姿は本当に素敵でした。みな背筋を伸ばし、先生の目を見ています。中には身体を少し斜めに傾けて先生の言葉一つひとつに大きく頷いている生徒もいます。注意や指導の言葉など必要ない、いわば愛徳学園の文化をそこに見ました。そうすることが当たり前であること。そう、これはまさに文化なのです。(校長 松浦直樹)