「フッかる」愛徳生

 戸惑いもありましたが、今年は中1の総合的な学習の時間を担当させていただきました。その授業で「愛徳生の心得」を話しているときに、全校委員第102期(2015年)が打ち出した「残そうよい習慣」について触れる機会がありました。すでに21世紀、全国的にかつての校則の見直しや部活動のあり方、働き方改革まで、様々な変化が起こっていた時期に、生徒たちがこの「習慣」を残しつつもわかりやすい言葉でまとめたことは非常に意味のあることです。これはさかのぼること1988年の第49期全校委員がまとめてくれたものがベースになっています。

 「校外生活」・「校内生活」・「先生や目上の方へ」の3項目についてまとめられた「残そうよい習慣」は、決まりというよりは人としての行動のあり方を示したものです。ですからできていなくてももちろん罰則はないし、叱られることもありません。生徒自身が大切にしてきた愛徳文化といっていいでしょう。

 

 1学期に『教育時報』という雑誌のインタビューでも話したエピソードですが、私が外出先から帰ってきた時に、校門近くで生徒に出会えば彼女たちはさっと駆け寄ってきて先にドアを開けてくれます。これは来校された方と出会った時も同様で、見ていて本当に気持ち良いものです。授業でたくさんの道具を持っていると、何人もの生徒が競い合って荷物を運んでくれるなど、おもてなしや奉仕の心が日常に当たり前にあふれています。親の日やお米の日の伝統もありますから困っている人がいたらすっと行動できる人が育つのでしょう。現代風にひとことでまとめると「フッかる」(フットワークが軽い)愛徳生といったところです。

 

 
先日、たくさんの荷物を運ぼうとした時に誰かがスッと近づいて来て「なにかお持ちしましょうか」と声をかけてくれました。振り返ると、愛徳学園を卒業した先生でした。優しいことこの上ない話です。たまたま帰る時間が一緒になった先生方も必ず相手を先にお通しする文化が根づいており、愛徳学園で生活していると、そこにいる人たちすべてがそうなっていくことに気づきました。

 

 学園Webページやインスタグラムでも紹介されていましたが、疲れがピークになっているはずの期末考査最終日の放課後のボランティア清掃に多数の愛徳生が参加してくれました。自宅から持ってきた「マイ雑巾」を使用したり、新聞紙で窓を徹底的に拭いてくれたり、まあとにかく清々しい光景でした。阪神淡路大震災後に建て替えた校舎はもちろん丈夫で美しい建物ですが、外観は少しずつ古くなっていきます。しかし、その校舎をいつも内側から整え、磨き上げる習慣は、人間の内面を磨くことに直結しています。今回のボランティア清掃や「フッかる」生徒たち。世界に誇る「愛徳らしさ」です。(校長 松浦直樹)